きみのそういう部分を見せてくれ

そういうやつです、心の細かいやつ

私がどうなっても、止めないで生きる

 

倫理観って結局なんだったのだろう

道徳観と倫理観は同じ位置にいていいのかな 私は違いがわからない

 

なんとなく良いとされているものを信じて生きていくことに違和感を感じた時、

ああ、こうやって生き通そうと思った。私なら許されると思った。

ずっと言われ続けてきた「凜ちゃんって変わっとるな」は私にとって道具だった

道徳観に関わってくる様々に対して多少、もしくは大きくズレていてもキャラ勝ちで、生きていけるし生かしてもらえると思っていた

それによって誰かが困ったりしてもすぐに忘れてしまうし、なかったことにできてしまうだろうから私が何しようとみんな生きていくじゃんって本気で。

今まで、忘れられてきて、なかったことにされてきた きっとみんなフリだけど

それでもそうされてきた

 

だけど、

私がズレていたことは私が感じているのだから、

私はずっと忘れられないし、残ってしまう 

私がわかっていながら基準に逆らうたびに、どこからか矢が飛んできて、

体に突き刺さる

多分、良いものを良いと信じていた、どこかの地点の私がこっちを見ている

 

みんな、こころのノートが何を伝えようとしていたのかわかっていたのかな

 

困った結末になってしまったら、クセみたいになってる笑って誤魔化す、嬉しそうに笑うっていう道具を使えば無罪みたいになる。これは多分、妹として生まれて得たスキル。

 

笑うと、大丈夫そうに見えたりする、というか見える。

 

ここ数年は、ものすごく辛い時ほど笑えてきてしまう。

多分、泣きたい気持ちと同じくらい笑わないと、自分でもどうすることもできないくらい泣いて叫んでどうかしてしまうことがわかっているんだと思う。

 

 

 

 

私は逃げている

 

 

 

 

どうせ死ぬなら、全部夢だ

みんな忘れるなら、全部夢だ

 

そうやって、生きてしまっていた

 

何にをしたって、何を言ったって、全部夢で思い出だから消えるから

 

 

 

私は将来、

「一般的に汚く間違っているとされていることを、美しく尊く、綺麗に見せる」

ことをしたい

 

 

それは、私自身を肯定していたいだけなんかなって

 

 

生きていくために、私を肯定して負けずに生き続けるため。

 

 

 

私は今回、恋に自殺させてしまった。追いやられてしまったにしても、

一歩を踏み出して空へ飛び込んだのは私の恋自身だった。

初めて自分で自分のズレを否定してしまった

 

 

生きていけないなと、思った

 

私だけでも私を全部、私の全部を大切にしてあげなくてはいけなかったのに

 

でも私の恋は死んで、もういない

だから残ったそれ以外がどんなことを考えて動いても、

それがどんなものであっても肯定して大切にしてあげようと思った

 

どんなに、ママごめんねって思うようなことがどんどん増えても

私だけでも私を止めてはいけない

 

 

生きていきたいの